【クジラ探訪記⑨】大阪府(日刊水産経済新聞2022年3月23日掲載) | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

耳ヨリくじら情報

2022.04.06

【クジラ探訪記⑨】大阪府(日刊水産経済新聞2022年3月23日掲載)

Share :

▶連載 ⑨
捕鯨地域とつながる 鯨食の視野を広げる
関西の鯨文化を歩く

食い倒れの街・大阪をはじめとした関西では、庶民の間でも古くから鯨肉は親しまれてきた。物流も十分ではなかった江戸時代にはすでに記録が残る。井原西鶴は京都で「鯨の吸い物」を書き残し、十返舎一九は「東海道中膝栗毛」で大坂・淀川で「鯨の煮付け」が食べられていることを紹介。庶民にも親しまれてきた食であることが分かる。
 下って、第二次世界大戦後の食糧難の時代には、貴重な動物タンパク質として、「沿岸で捕獲され木箱に入れられた鯨肉が長崎など九州方面から貨車で神戸や大阪の市場などへと運ばれ、学校や工場の給食で食されてきた」(鯨肉を取り扱う市場関係者の話)と聞く。クジラのオーロラ煮、竜田揚げなどで多くの人の空腹を満たしてきた。その後の反捕鯨運動の高まり、捕鯨産業受難の40年余りを乗り越えて、今でも大阪市の小・中学校では約17万人の子供が給食でクジラの竜田揚げを食べ、人気メニューの一つになっている。学校給食は大阪市にとどまらず、関西各地でも採用されている。
 また、大阪市中央卸売市場東部市場では9月4日のクジラの日などに現在もイベント的にクジラステーキを出すなどしている。

地元の鯨食支える専門小売店、料理店の数々

地元の食を支えてきた大阪府豊中市庄内の豊南市場では、開業から30年超の「くじらの田井」が今も鯨肉を販売する。店主の田井謙吉さんは、「鯨に生きて鯨に死す」と鯨肉を販売しており、その思いは熱い。現在はインターネット通販も実施。「そのまま食べておいしい。手を加えればもっとおいしい」と、刺身、ハリハリ鍋、竜田揚げの食べ方も含めて紹介している。
 一方、大阪・黒門市場では「新魚栄」、関西に広く店舗を展開する水産物販売チェーン・大起水産(株)、百貨店でも阪神梅田本店などでは鯨肉が取り扱われ、小売されている。
 各店にはおいしい鯨肉を購入することだけを目的に来店する客もいて、鯨肉のニーズは捕鯨拠点の産地だけではなく、大都市でも今も確実に存在していることが分かる。

▲「くじらの田井」の鯨肉売場
▲豊南市場の田井店主

名店で人気のハリハリ鍋とおでんのコロなど

鯨料理の名店といえば、大阪では「どおぞの」「むらさき」「ふぐくじら」などが挙げられる。各店ではさまざまな鯨肉メニューが提供されているが、とりわけ冬場、ミズナとともに炊くハリハリ鍋は、鯨肉のおいしさ、ダシのうま味などとともに、体を芯から温めることなどから愛されている。
 関東煮(おでん)の名店「花くじら」「たこ梅」などでは、トロリとした食感、ダシのうま味がおいしいコロなどが多くの人を引きつける。店舗前には行列ができるほどの人気ぶりがその証左となっている。

▲手前からコロ、サエズリ、クジラすじ、クジラすじネギ袋(たこ梅本店)

居酒屋・立ち飲み屋の定番人気

市内各所にあるビジネスマンのオアシス・立ち飲み店では、刺身やさらしクジラ、竜田揚げや大和煮などを比較的低価格で提供し、幅広い世代に食されている。限られた小遣いの中で楽しむグルメで、舌の肥えた来店客が一日の疲れを癒やしている。

開店5年、神戸の「鯨肉」の挑戦

クジラがメインの居酒屋、神戸市中央区の「鯨肉(くじらにく)」は阪神電鉄西元町駅西口から徒歩3分。6車線道路の反対側からでも見える「鯨肉」と書いた大きな看板が目印だ。
 開店から5年、おいしいクジラを食べさせることで認知が進んできた。新型コロナウイルス感染症の影響も少なからず受けるが、店主の鄭(てい)徳洋さんの心意気たるやすがすがしくストレート。
 「鯨肉は低脂肪で抗疲労成分バレニンも摂取できる。健康になれる鯨肉を訴求したい」と、他業種から居酒屋での修行を経て鯨肉料理店を開店した。
 同店では、内臓類など捕鯨地域などでも通常はなかなか食べる機会の少ない部位も取り扱って来店客を満足させている。
 扱うのは、尾の身、赤肉、ベーコン、本皮、鹿の子、心臓、胃袋、小腸、睾丸、舌など。年末には正月用の祝いの席で食べようと、店舗前に行列もできる。2週間に一度、購入に訪れるリピーターもいる。インターネット販売では、全55アイテムの鯨肉を取り扱う。
 「捕獲状況によって種類も部位もさまざま。内臓は捕獲時に破棄しないように、可能な限り持ち帰ってもらうように、仕入れ先にはお願いしている。捕獲時に洗浄や血抜きなどをして、注意して品質を維持してもらえさえすれば、さらに付加価値は高まる。当店でもおいしい鯨肉を提供できると思う」と話した。
 同店で提供される鯨肉は、さらに血抜きや臭み取りなど下処理にこだわり、驚くほど臭みがなく食べやすい。
 調理は刺身、ゆで、焼き、揚げ物など多岐にわたる。中でも、鮮やかな一級鹿の子を堪能できる「ハリハリ鍋」は絶品。沸騰したやや甘めのダシに大判の鹿の子を3秒ほどくぐらせる。ネギやミズナを巻いて食べると、鹿の子のうま味、ダシの甘み、ネギやミズナの食感が調和する。

▲大きな「鯨肉」が目印
▲店主の鄭さん
▲「鯨肉」の食欲をそそる鹿の子のハリハリ鍋

鯨食普及は知識の普及も併せて

若い世代を含めた鯨食文化のさらなる普及について、鄭店主は「消費者に近い小売店の存在が必要不可欠。精肉店や鮮魚店のように、部位の説明や食べ方を教える鯨肉専門店が重要」と裾野を広げる必要性を訴えた。
 現在、鯨肉は通常の基地式や母船式による商業捕鯨による捕獲のほか、中央卸売市場のネットワークで全国各地の定置網漁業で混獲されたクジラなども流通する。いずれの商業捕鯨も行われていないこの3月。先日も京都で山口県産ミンククジラが取引された。関西の鯨食文化は根強く続いている。

豆知識

捕鯨地域からは遠く離れているが、天下の台所・大阪をはじめ、京都、神戸など関西は古くから消費地としてクジラとの関わりが濃い地域である。また、食はもちろんのこと、命をいただいてきた生物として大切に扱う文化が今に残っている。
 大阪市東淀川区の瑞光寺には1754年に和歌山・太地の漁民が豊漁のお礼に贈ったクジラの骨を使った橋「雪鯨橋(せつげいきょう)」がある。
 太地の関係者と日本鯨類研究所の協力で、調査捕鯨で獲ったイワシクジラの骨を調達してもらったほか、経費の一部をクラウドファンディングで募った時の返礼品として同町の鯨肉を使うなどしてきた。
 2019年5月には7代目の鯨橋が架けられた。かねて準備されていた骨が使われ、完成時には同町から小学生が訪れ「鯨踊り」を披露した。
 宝暦、文政、明治、大正、昭和、平成、令和と元号の変遷とともに修造され、親しまれてきた雪鯨橋。これからも貴重な捕鯨文化の一つとして多くの人に愛され受け継がれていく。

▲太地町関係者の協力で架けられた雪鯨橋

▶関連記事
【クジラ探訪記①】千葉県・和田浦(日刊水産経済新聞2021年10月26日掲載)
【クジラ探訪記②】長崎県・東彼杵町(日刊水産経済新聞2021年12月13日掲載)
【クジラ探訪記③】長崎県・長崎市(日刊水産経済新聞2021年12月23日掲載)
【クジラ探訪記④】山口県・下関市(日刊水産経済新聞2022年1月13日掲載)
【クジラ探訪記⑤】和歌山県・太地町㊤(日刊水産経済新聞2022年1月20日掲載)
【クジラ探訪記⑥】和歌山県・太地町㊦(日刊水産経済新聞2022年1月21日掲載)
【クジラ探訪記⑦】宮城県・石巻市 鮎川㊤(日刊水産経済新聞2022年2月3日掲載)
【クジラ探訪記⑧】宮城県・石巻市 鮎川㊦(日刊水産経済新聞2022年2月4日掲載)

Share :