【クジラ探訪記⑤】和歌山県・太地町㊤(日刊水産経済新聞2022年1月20日掲載) | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2022.02.10

【クジラ探訪記⑤】和歌山県・太地町㊤(日刊水産経済新聞2022年1月20日掲載)

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▶連載 ⑤
クジラと共に生きる 町全体が鯨ミュージアム
「古式捕鯨発祥の地・太地町を歩く ㊤」

鯨が出迎える「道の駅たいじ」

和歌山・太地町。JRの場合、特急で大阪から4時間超。近年、整備されてきた高速道路を使った自動車の場合でもいまだに3時間30分ほどを要する、都会の喧(けん)騒から遠く離れた町だ。
 町の玄関口・JR紀勢線の太地駅舎はイルカをモチーフにしたステンドグラスが印象的。
車での来町者には太地駅から目と鼻の先、JF太地町漁協(脊古輝人組合長)が運営委託を受ける「道の駅たいじ」が迎える。
 「道の駅たいじ」は、直売所とフードコートを併設する。観光客だけでなく地元の人も訪れる憩いの場である。直売所には、赤肉、本皮、ウネス、百尋(ひろ)などさまざまな鯨肉をはじめ各種クジラ加工品が、地元の定置網で水揚げされた新鮮な水産物、土産物などとともに陳列販売されている。

▲町の玄関口「道の駅たいじ」
▲JR太地駅のステンドグラス

手軽に味わえる鯨

店内左側のフードコートでは、鯨の竜田揚げ定食や「くじらコロッケ」などを提供。とりわけ若者に人気の商品が「鯨カツバーガー」だ。揚げたての「鯨カツ」をショウガの効いたタレにくぐらせ、自家製のタルタルソースと新鮮な野菜と一緒に、地元「いなほのパン屋」製バンズで挟む。ジューシーな「鯨カツ」とタルタルソースの相性が抜群でおいしい。肉と魚を同時に食べるような味わいだ。「鯨カツバーガー」も「くじらコロッケ」も手頃な価格で持ち帰りできる。
 「若い方が多く、初めてクジラを食べる人もいる。手軽にクジラを楽しめることをコンセプトにしている。調理では嫌なクセが出ないよう工夫している。ハードルの高い食材ではなく、簡単に食べられることを発信していきたい」と同店担当の山本広樹氏は話す。

▲「鯨カツバーガー」

異色のクジラ入りクッキー

土産売場には、立方体のスマートなデザインでカラフルな外装の箱入り、修学旅行生など若い層にも好評のクジラ入りクッキーも並んでいる。
 重大屋由谷商店の由谷恭兵代表は、和歌山県内12社の仲間とともにクラウドファンディングで運営資金を集めた。各社それぞれ県名産品のミカンやモモなど素材を生かしたスイーツ「boxes(ボクシーズ)」を企画開発。その商品の一つがクジラ入りクッキーだ。
 捕鯨関係者からは「恭兵君」の愛称で親しみを込めて呼ばれている由谷代表。時々、頼まれると大包丁も務めるという。
 クジラ入りクッキーは、鯨肉ミンチを味付けしてクッキー生地に練り込み焼き上げた。商品化にあたっては6回ほど試作・改良も重ねてきた。
 「クッキーというよりもクラッカーに近い。甘塩味の効いたクッキーで酒の肴(さかな)によく合う」(由谷代表)。
 先に紹介した「道の駅たいじ」で販売の人気料理「くじらコロッケ」も由谷代表が作った。食べやすく鯨肉特有のクセが少なく、万人から喜ばれている。

▲「boxes」のクジラクッキー
▲「道の駅たいじ」の山本担当

即食、簡便の鯨を提供へ

今後についても「ダシ入りですぐに食べられるおでんのコロなどにも挑戦したい。あらかじめ味付けしていれば手が伸びやすいのではないか。同世代がいない分、自分がもっとがんばっていかないと」と新たな商品開発にも意欲を示している。
 「道の駅たいじ」は2020年、新型コロナウイルス禍にもかかわらず、定食など1万7000食を販売。赤字も覚悟していたというが黒字決算で年度末を終えた。

▲由谷代表

鯨を見て親しみ楽しめ

太地町漁協は、「くじらの海」と呼ばれる森浦湾に架かる海上遊歩道の管理や、カヤック、サーフボードに立ったまま海上をこぐサップボードなども運営、海を活用した町の活性化に貢献している。
 20年7月に完成した森浦湾の海上遊歩道は「イルカやクジラに親しんでもらいたい」という町の意向もあり、無料で利用でき、イルカやクジラが泳ぎ、飛ぶ姿を観察できる。
 森浦湾で楽しめるカヤックは、太地町漁協の貝良文専務(日本小型捕鯨協会会長)自ら指導を行っている。「少しでも町や組合員の利益になればと思い始めた。これからは漁業だけでなく『海業』として、海全体で稼いでいかなければならない。休漁期の漁業者にも声を掛けて、可能な範囲で協力を得ている」と取り組みを話す。
 21年も県内の修学旅行生を中心に、多くの人が訪れた。カヤックは20年度は2300人が利用した。21年度は9月までですでに1620人が利用。今年3月末までには約3000人の利用になると期待されている。

▲「海業で稼ぐ」と話す貝専務

「くじら浜公園」

左に森浦湾を見ながら、町に入ると捕鯨船・第1京丸や古式捕鯨でクジラにモリを打つ漁民をイメージした「刃刺しの像」などが展示されているくじら浜公園に出る。さらにその先へと進むと、町立「くじらの博物館」が見えてくる。
 博物館では、古式捕鯨を記録した絵図などの資料をはじめ、捕鯨に使われた漁具、捕鯨の歴史を学ぶことができるほか、鯨類の骨格標本・模型も展示され、生態なども理解できる。博物館に隣接した海では、イルカ・クジラショーを行うスペースがあり、観光客、修学旅行生、調教師を目指す専門学生らが遠方から足を運ぶ。

▲壮大な第1京丸と刃刺し像

町を挙げてクジラ文化発信

太地町では、クジラの学術研究都市を目指し、町を挙げてクジラ文化を発信。現在は9種100頭以上の鯨類が飼育されている。クジラに関する文化の保存を行いつつ、幅広い世代に鯨食の魅力などをアピールし、観光客を集めている。

豆知識

紀伊半島の南東部。熊野灘沿岸地域の串本、太地、那智勝浦、新宮の3町1市は、文化庁の認定する日本遺産「鯨とともに生きる」地域である。
 中でも太地町は網取り式古式捕鯨発祥の地、クジラの町として世界中に名を知られる。町のキャッチフレーズは「くじらと海のエコミュージアム太地」。かつてクジラを見張った岬やのろしを上げた場所の跡、イワシクジラの顎の骨を使った恵比寿神社の鳥居、クジラの供養碑など、クジラに感謝し、畏敬の念を抱き、今もクジラとともに生きている。

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