【クジラ探訪記③】長崎県・長崎市(日刊水産経済新聞2021年12月23日掲載) | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2022.01.05

【クジラ探訪記③】長崎県・長崎市(日刊水産経済新聞2021年12月23日掲載)

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▶連載 ③「花開く独自の鯨食文化 」

安土桃山から江戸末期まで、唯一、欧米・中国交易の窓口となった国際都市・長崎は全国屈指のクジラ消費県でもある。江戸初期、北部九州で始まった「西海捕鯨」の集散地・東彼杵(「クジラ探訪記②」13日付)と当時の先端文化都市・長崎市を起源とする食文化が結び付いたとみられ、「県民一人当たり年間消費量が全国最多」と語り伝えられている。出所が定かでないため、真偽は不明だが、長崎県庁に出向する歴代水産庁の担当官に聞くと「長崎市内にある料理屋・居酒屋には必ずといってよいほど、クジラメニューがある」「他県とは違う」という言葉が返ってくる。長崎のクジラ料理が質・量ともに群を抜いているのは間違いなさそうだ。

天領の宴会や祭事料理に

出島を抱える、長崎市は、江戸幕府が直接統治する天領で、わが国唯一の南蛮貿易港として発展。交易で得られた莫(ばく)大な利益を背景に、国際色豊かな食文化「和華蘭(ワカラン=和・洋・中)料理」が花開いた。豊かな食文化をもつ長崎に向け、クジラの集散地だった東彼杵港から大村湾西南端の時津・浦上街道を経て、新鮮で上質なクジラが輸送され、先端文化を求めて全国から集まった知識人・要人が集う、接待・宴会料理の食材として使われ、さらに、経済力があった長崎人の祝いの席、四季折々のハレの行事に欠かせない食材として発展していった。
 当時の裕福な長崎市中の人々の間で好まれたのは、高価で軟らかいウネスや本皮など脂身の多い「白手物」と呼ばれる部位で、安価で保存が利く塩蔵クジラを多用する庶民の鯨食文化とは一線を画していた。現在でも長崎市内には、大皿に白手物を盛り付けた正月料理が残っている。
 一方で、近郊の茂木・式見地区にはウネスを入れた雑煮が定着。節分には皮を刻み入れた「なます」、暑い夏には酢味噌で食べる軟らかく白く縮れたオバイケ、庶民の湯かけクジラなどが食習慣として残る。長いクジラ料理との付き合いの中で、さまざまなクジラ食文化が融合し変化していく様子がみえる。

▲クジラ料理割烹「とんぼ」の外観
専門店として不動の人気を得ている
▲「とんぼ」の人気料理
上段は「鹿の子」㊧「はりはり鍋」、
下段は刺し盛り3品「ベーコン」㊧「サエズリ」(中央)「スエヒロ」㊨

鯨専門料理店「とんぼ」人気

長崎市内で、鯨肉1級品のみを使ったメニューを提供しているのがクジラ料理割烹(ぽう)「とんぼ」(小嶺等店長)だ。クジラ本来のうま味が味わえる伝統料理のほか、若者向けの裏メニューだったクジラピザなどもメニュー化。長崎市民はもちろん、観光客のリピーターも多いクジラ料理の専門店として不動の人気を得ている。
 提供しているのは、皮付きのウネスを水煮にすることで脂分が落ちたさっぱり感が特徴のスエヒロや、コリコリとした食感と上質の脂分が楽しめる高級部位「鹿の子」、軟らかくうま味と甘みのあるサエズリ、淡泊な脂身と適度な歯応えが特徴のベーコンなど、部位ごとに工夫を凝らした調理法で仕上げ提供。コロナ禍が一服状態の年末の宴会需要で多忙の日々が戻ってきている。

▲川島会長が開発した「くじら炊き込みご飯」
▲ 川島会長が開発した 「くじらじゃが」
▲ 川島会長が開発した 「くじらカツ」

伝統食を後世にクジラの健康食もアピール

こうした長崎伝統の鯨食文化を若い世代に伝えているのが「長崎くじら食文化を守る会」の川島明子会長(川島学園副学園長)。自ら運営する調理師専門学校の教壇に立ち、新感覚のクジラ料理を生徒とともにメニュー開発している。
 取り組みを支援しているのが、長崎市を事務局とする「魚のまち長崎応援女子会」で、川島会長らがメニュー開発した「くじらカツ」「くじらのユッケ」「くじら炊き込みご飯」「くじらじゃが」「くじら味噌汁」などを集めたレシピ集「くじら料理ハンドブック」を発行し、女子学生、主婦らを対象にしたクジラ料理教室などで無償配布している。
 川島会長は、「本会の目的は、若者を中心としたクジラ離れに歯止めをかけること」と活動の意義を強調。さらに、クジラに含まれる栄養成分について「成人病の予防や血栓予防が期待されるDHA、EPAに加え、クジラにはこれら成分の10倍以上も効果が高いDPA(ドコサペンタエン酸・オメガ3)という栄養成分が含まれていることが分かってきた」と、栄養面での優位性にも着目する。
 長崎伝統の鯨食文化を支えているのが、地元クジラ加工販売の日野商店だ。長崎魚市の恒例行事「長崎魚まつり」にボランティア出店し、来場者約2000人にクジラ雑煮を無償提供しており、ノスタルジーを感じる年配者はもちろん、食習慣のない若者も列に並んで試食するなど、毎年人気のイベントとなっている。

▲正月用大皿のくじら刺し盛り
▲守る会の川島会長

加工販売の老舗「日野商店」ネット進出も 

日野裕一社長は「若い人たちに食べてもらうことが大事。長崎の人にとってクジラは日常生活に根差した食材」と強調。商業捕鯨の再開を機に、新鮮なクジラを使った品質重視の商品作りを目指したい考えだ。
 若者をターゲットとしたクジラ需要拡大への思いは、娘の日野寛子さんも同じ。自身で「くじら日和チャンネル」を立ち上げ、自ら創作した「ノルウェー風竜田揚げ」「赤肉のステーキ」「赤肉を使ったルーロー飯」などをユーチューブ、ツイッター、インスタグラムを活用し、若者向けのクジラ料理を紹介している。
 こうした中、11月の「くじら月間」に合わせ、長崎市内の飲食店35店舗では、自慢のクジラ料理を提供する「ながさき今昔くじら料理フェア」(主催・長崎市)を開催。各店舗では「ながさき鯨カツ弁当」(くらさき)、「鯨スティックカツ」(井上商店)など、クジラ料理の「今昔」を紹介することで、長崎独自の鯨食文化を長崎市民、観光客にアピールする活動も続けられている。

▲ネット担当日野寛子さん

豆知識

西海捕鯨の舞台となった長崎は今年、長崎開港450周年の大きな節目を迎えた。1571年当時、一寒村にすぎなかった長崎は、ポルトガル宣教師らに請われた、クリスチャン大名・大村純忠の手により大型船舶の入る天然の良港として開港。南蛮文化が流入する居留地となった。江戸期にはオランダ人が居留した出島、中国人を住まわせた唐人町を中心に、和・洋・中の文化が融合した長崎独自の「和華蘭(ワカラン=和・洋・中)文化」が花開くこととなった。
 わが国唯一の貿易港として発展した長崎だけあって、長崎の食文化にはオランダ(欧州)、中国の影響を受けた料理が多く、西海捕鯨で得られたクジラも優良な食材として食文化を担った。
 南蛮貿易で潤っていた長崎町民はもちろん、西洋医学など海外の文物を学びに来た全国の文人墨客が集う「丸山遊郭」でも和華蘭料理や、長崎独自のクジラ料理を楽しんでいたといい、「長崎に、丸山というところなくば、上方の金銀、無事に帰宅すべし」の狂歌通り、独自の和華蘭文化、和華蘭料理が隆盛を誇った長崎は、わが国有数の食文化都市の伝統を受け継いでいる。

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