「初めてクジラと対峙したとき、生き物としての概念を超えた巨大さや造形に衝撃を受けた」アーティスト・木白牧さんinterview | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2024.01.10

「初めてクジラと対峙したとき、生き物としての概念を超えた巨大さや造形に衝撃を受けた」アーティスト・木白牧さんinterview

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未知との出逢いによって人生が大きく変わることがありますが、アーティストの木白牧さんもそのひとり。彼女が出逢ったものとはクジラで、クジラに心奪われたことで博士課程修了後の進路が決まっただけでなく、育児がひと段落したところで歩み始めた新たな道にもクジラを伴うことになったほど。果たして、牧さんがクジラに魅了された理由とは?12月に開催された個展会場(Cafe GALLERY KONOYO)でお話を伺ってきました。

クジラは生き物のなかで自分から一番遠い存在だった

――牧さんの作品にはクジラがたくさん登場しますが、もともとクジラがお好きだったのですか?
「クジラに興味を抱くようになったのは学生時代です。もともと生き物が好きで、生き物に接していたいとの思いから大学を選び、院でも獣医学を専攻していたのですが、本格的に学び始めて初めて、人の社会に生きている家畜やペットより、自然のなかで生きる野生動物に興味があることに気づきました。野生動物といっても幅広いですが、そのなかから自分が焦点をあてたのはクジラでした。なぜかというと、獣医学では海生哺乳類について学べる機会はほとんどなく、生息環境的にも自分から一番遠い存在のように思われたからです。近づきたくても近づけないからこそ、もっと知りたいと思いました」

クジラを初めて間近で見たときのショックが忘れられない

――博士課程修了後は鯨類調査員として働かれていたそうですね。
「とにかく自然のなかで生きるクジラに近づきたくて、そのためにはフィールドに出るのが一番だと考えたんです。初めてクジラを間近に見たときは、大きさを含む容姿の異形さに圧倒されました。人が抱いている“生き物”としての概念を超えてくるような存在にショックを受けたんです。昔の人が、富士山などの霊山や、神社のご神木といった自然に対して感じていた畏怖の気持ちと似ているかもしれません。その感覚を人々は、日本古来のアニミズムの思想で人知の及ばない超自然的な現象を神や妖怪などととらえてきましたが、クジラもそのような霊性をもった存在であると直観的に感じました」

自然のなかに八百万の神を見出す日本人として、クジラに霊性を感じている

――書籍などでクジラを見たときとは違う感情が生まれたのでしょうか?
「違いましたね。書籍などを見て抱いていたイメージは”浮遊感”とでも表現できる軽さでしたが、実物と対峙したときに感じ取ったものは、それとは真逆の“重量感”や“エネルギーの塊”のようなものでした。しかし、海を泳いでいるクジラは相対的な大きさが掴みにくく、かなり接近することでその大きさを実感できます。接近すると全身が視界に入り切ることがありませんし、目の配置や口の形、畝(クジラの下顎から腹にかけてある縦筋の部分のこと)など、人の認識を基準にすると異質な造形で、しかも生き物なのです。これまで見たことのない超自然的な存在として私の目に映りました。日本人は、たとえば春に桜が咲くとうれしくなり、散れば無常を感じ、無意識のうちに季節や命の移ろいといった自然現象に共感して敬意を払っていると思います。自然のなかに八百万(やおよろず)の神が存在するという、神道に繋がるアニミズムの考え方を無意識に受け継いでいると思うんです。クジラと出会って、自分のなかにも根付いている、自然に共感して畏れ敬う心性が揺さぶられたように感じました。作品を制作するうえでもその感覚を大切にし続けています」

鯨類調査員時代も、仕事の傍ら好きな絵を描いていた

――作品制作を始めたきっかけを教えてください。
「絵を描くことは子どもの頃からずっと好きでした。独学で作品制作を始め、鯨類調査員時代も仕事の傍ら、趣味で絵を描いてはいたのですが、アーティストの道を志したのは子育てがある程度落ち着いてからです。鯨類調査員の仕事は、一度海に出ると1か月近く家に帰れないので、出産を機に諦めざるを得ず、その後は育児に専念していました。しかし、いざ子どもの手が離れてくると、このままでは生きている意味が無い、自分のために何かやりたいという思いが再燃してきて、本腰を入れて制作するようになりました」

実際の地図を使用した製作途中の作品

鯨類調査員としての経験を通して、陸で暮らせるありがたさがわかった

――作品には地図を描かれることもとても多いですね。
「鯨類調査員として海に出ると、見渡す限り空と海という単調な景色が何日も続き、正直飽きてきます。なので、陸が見えるととてもうれしくなりました。“あそこは何という場所で何があるんだろう?”と地図を広げて確認するのが常でした。洋上生活は制限が多いため、陸に戻ったらあれをやりたい、これを食べたいと気持ちが高揚するんです。自然の驚異と隣り合わせの洋上に長期間いることで、陸で暮らせるありがたさを痛感しました。そうした経験があるから地図に親しみがあり、クジラを大地として表現しようと考えたときに自然と地図というモチーフが浮上してきました。最近では、東京の山手線の駅など実際の地図を作品に活かすこともあります」

クジラを、過去から未来へと命を運ぶ方舟ととらえている

――クジラのボディに地図が描かれている構成もユニークです。「自然界の秩序や生命の本質の表現、言い換えると自然界の視覚的な俯瞰図を作ることが私の制作目標の一つです。そのため、今回の個展でも日本美術史に見られる俯瞰図の一つである参詣曼荼羅(さんけいまんだら)を引用した展示をしています。自然科学の視点で自然界を俯瞰すると、無数の個が繋がり合って次の階層を作ることを繰り返しているように見えます。命の始まりは、素粒子や原子といった万物と共通の微小粒子です。それらが繋がり合い、細胞を作り、細胞は個体を、個体は社会や生態系をといったように、繋がりを階層状に重ねて命は存在しています。そこに止まることの無い時が流れています。命とは、他者や世界と繋がりながら、過去から未来へ航海する船のようだと感じています。そこで、細胞→鯨(個体)→地図(社会)といった自然界の階層構造を貫くモチーフを並列に使い、時空の海を泳ぐ命の方舟を作っています。旧約聖書のノアの方舟の引用です」

作品を制作するにあたって、自分が経験してきたこと、考えてきたことを武器にしたい

――クジラや地図というモチーフには、これまでの人生が詰まっていますね。
「美術の専門教育を受けていないことによる力不足を補うために、獣医学や鯨類調査員など自分が経験してきたこと、考えてきたことを表現に置換して作品に説得力を出したいと考えています。ただクジラが好きだからという主観で制作したものより、これまでの人生で学び経験してきたことや培ってきた思想などといった作家自身の文脈に、社会的背景や美術史的背景といった客観性を加えた方が奥行きのある作品になるのではないかと考えています」

海洋プラスチックを使用した作品

海に行ったときに子供が桜貝よりもプラスチック片を好んで拾ったことに衝撃を受けた

――プラスチック片を用いた作品も発表されていますが、それも同じように、鯨類調査員時代に海を見てきた経験から生まれたのでしょうか?
「確かに、船上から海を見てゴミがたくさんあるなとは思っていましたが、プラスチックの問題について考え始めたきっかけは、子どもと一緒に海に行ったことです。私は湘南に住んでいるので海が身近なのですが、桜貝という薄ピンク色の綺麗な貝の貝殻がよく落ちています。うちの子は綺麗なものが好きなので、一緒に拾いに行ったことがありました。ところが、私が桜貝を拾っている横で子どもはプラスチック片を拾っていたんです。カラフルなプラスチック片のほうが、子どもの目にはキレイに映ったんでしょうね。その姿を見ながら、私の知らない間に海ってこんなに変わっていたんだ……これからはプラスチック片がある海が当たり前になっていくのかな……と考えさせられました。プラスチックなど海洋廃棄物の被害をダイレクトに受けるクジラのような海洋生物はもとより、地球環境全体に対する影響についても不気味な怖さがあり、それについて問題提起することが、現状を知ってしまった作家の使命かもしれないと考えたんです」

作家として成長するためにスキルを磨き続けたい

――今後の抱負を聞かせてください。
「表現したいと思うことをまだまだ表現できていないので、これからも切磋琢磨して作家としての成長を目指したいです。クジラについては私の世界観を表現するための主演俳優のような立場としてこれからも活躍してもらいたいです。作品を見てくれた人に、“おもしろい!”と思ってもらえたらうれしいです」

■木白牧(きしろ まき) 
滋賀県生まれ
2005年 大阪府立大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻博士課程修了( 現 大阪公立大学)。
独学で作品制作を始め、鯨類調査に携わる傍らで制作を行う。2010年に出産と育児で作品制作を休止し、2017年に作品制作再開。2019年 作家活動開始する。
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次回個展情報
個展「方舟 Arks」
会期:2024年2月22日(木) 〜 2月27日(火)
   12:00〜18:00 (最終日 〜16:00)
場所:ギャラリー自由が丘
   〒158-0083 東京都世田谷区奥沢5丁目41−2 アトラス自由が丘ビル1F
入場:無料

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