「クジラとの縁が深い日本に、【勇魚】という名前で生まれたからこそできることがある」現代アーティスト・山田勇魚さんinterview | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2023.08.30

「クジラとの縁が深い日本に、【勇魚】という名前で生まれたからこそできることがある」現代アーティスト・山田勇魚さんinterview

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クジラをテーマにしたアート作品は数あれど、生きとし生けるものが転生する6つの世界を宿したクジラ、クジラの姿をした付喪神などの唯一無二の作品を生み出せるアーティストは、山田勇魚さんを除いて他にいないのではないでしょうか。なんせお名前がクジラの古名。その時点で、クジラとの深いご縁のもと、このような作品をつくる運命にあったのではと想像させられますが、ご本人はクジラに対して、アートに対してどのような想いを抱いておられるのでしょうか? 「山田勇魚作品展―現代に甦る付喪神―」(8月22日まで開催)の伊勢丹新宿店にてお話を伺ってきました。

釣りの関係性は「一匹vs一人」だけど、捕鯨は「一頭vs大勢」なのがおもしろい

――山田さんのお名前は、C.W. ニコルさんの著書『勇魚』に感銘を受けたお父様がつけられたそうですね。
「そうなんです。由来を聞いて初めて本を読んだのは子どものときだったので、“昔はこんなふうにクジラを捕っていたのか”とワクワクさせられたことを覚えていますが、大人になって釣りするようになるとまた違った視点が持てるようになりました。たとえば、シイラやキハダマグロくらいの大きさだと人と魚の真剣勝負だけど、クジラとなると“大人数vs 一頭”。それだけでもおもしろいのに、クジラの場合はさらにそこに、周囲の人との関係性も絡んでくることが興味深いです」

自分の名前をモチーフとした作品をつくれるまでには時間がかかった

――いつかクジラをテーマに作品をつくりたいとの思いは昔から抱いていたのですか?
「アートの道を進み始めてからは、ずっと自分のなかでその気持ちを温めていました。なぜかというと、実力が伴わないうちに生み出したものを代表作にしたくなかったからです。機が熟したと判断したのは卒業制作のタイミングを迎えた2016年。6頭のクジラの内部に、仏教の六道輪廻を表現した作品を発表しました。ちょうどその1年前から、沈没船に宿った付喪神が、クジラの姿となって故郷へ帰るストーリーを表現した『帰港シリーズ』を制作して、エポキシ樹脂を使う技術を体得していたので、それを活かす方法を考えるところからスタートしました」

海を目指したクジラが再び陸に上がるのは解脱と同じくらい大変だと想像した

――そこからどうして六道輪廻に結び付いたのでしょう?
「作品をつくるうえでまず考えたのは、3メートル×3メートルという(卒業制作の)展示空間の広さです。そこにクジラモチーフの樹脂を展示するとして、樹脂の強度を保てる最大サイズでつくってもスカスカになってしまうので、5~6体はほしいところ。じゃあ5と6という数字にどんな意味があるかというと、5なら五行、6なら六道輪廻だなと思いつきました。さらに、輪廻転生を繰り返して解脱を目指す六道輪廻の世界観が、陸から海を目指した結果、座礁で死んでしまうこともあるクジラと重なったんです。もしかしてまた進化し直せば陸に上がれるかもしれないけど、何回も生まれ変わってようやく陸に上がることは、解脱と同じくらい大変なことだなと」

デフォルメでクジラのイメージを強調している

――クジラをデザインする際に大切にしていることはありますか?
「初期のころは、実際のフォルムに近い作品が多かったのですが、今では、クジラの特徴をデフォルメしています。ヒレをより大きくしたり頭を大きくしたりと、クジラの印象のほうを大事にしています。フォルムが一番好きなのはマッコウクジラですね。生態もおもしろいじゃないですか。あんなに深くまで潜れる生き物いないし、そのために身体を進化させていったことも含めて、何もかもがおもしろすぎます。ハクジラとヒゲクジラでいうと、ハクジラのほうが好きですね。プランクトンを濾しとる姿より、大きな獲物をガブッといくさまに惹かれます」

核実験の犠牲となった沈没船の存在を、多くの人に知ってもらいたかった

――今回の展示では、帰港シリーズ最新作の「長門」も発表されています。
「長門は、マーシャル諸島のビキニ環礁において、アメリカ軍の核実験の標的となって沈没した戦艦の名前です。日本は唯一の戦争被爆国だと認識している人はとても多いですが、実際はその裏で幾度となく核実験がおこなわれていて、実験がおこなわれたエリアに暮らしていた人たちは、被爆したうえに漁もできなくなったといいます。僕は作品を通して問題提起することは好まないのですが、この事実を知ったときには、自分も誰かにいい影響を与えることができるのではないだろうか? との思いが沸きあがったんです。そこで、X(旧Twitter)を通して協力を呼びかけ、水中写真家の戸村裕行さんに長門の映像資料をご提供いただき、モデラーのアルキメデスさんにこの戦艦を精巧に再現してもらいました。それを、アーティストの池谷友秀さんから譲り受けたマーシャル諸島の砂とともに、クジラの姿をした“付喪神”に封じ込めるまでに約1年を要しています」

19世紀後半はアメリカでも捕鯨が盛んだった

――帰港シリーズとはまったく異なるアプローチの「白鯨シリーズ」が誕生した背景も気になります。
「シリーズ名は、捕鯨が盛んだった19世紀後半のアメリカを舞台にした、メルヴィンの小説『白鯨』を拝借しています。当時の捕鯨の目的は燃料や機械油などとして使われる鯨油で、肉は不要なものとして捨てられていたといいますが、その様子が、中身だけ使って捨てられた瓶やペットボトルが流れ着いている現代の海と似通っているように感じられたんです。それを表現するために白鯨の内部にはゴミを詰め込み、油をとられて血でぬめっている質感を出すため、内側にはツヤのある素材を使い、体表部分は反対にツヤを消しました」

この名前だからこそ生み出せる作品があることを自覚して、唯一無二の作品をつくり続けたい

――最後に今後の抱負をお願いします。
「クジラという動物は日本と密接に結びついていること、長い年月を経て物体そのものに霊魂が宿る“付喪神”は日本特有の考えから生まれたこと、戦争の犠牲となった日本の船があること、そして僕の名前が勇魚であること。これらを結び付けて作品を生み出すことができるのは僕の強みですし、僕だからこそつくれる作品があると思っているので、今後の作品も楽しみにしていてください」

山田勇魚
山田勇魚(やまだいさな)
1988年 埼玉県出身
樹脂や古道具を主に扱う立体造形作家

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