【くじらの日特別企画・前編】「ミナミセミクジラに海の大きさを学び、ザトウクジラの迫力に圧倒されて、コビレゴンドウに感謝の気持ちを抱いている」ココリコ田中直樹さん×東京海洋大学助教・中村玄さんスペシャル対談 | 聞く | くじらタウン

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2023.09.04

【くじらの日特別企画・前編】「ミナミセミクジラに海の大きさを学び、ザトウクジラの迫力に圧倒されて、コビレゴンドウに感謝の気持ちを抱いている」ココリコ田中直樹さん×東京海洋大学助教・中村玄さんスペシャル対談

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“9・4(くじ)ら”の語呂から9月4日が「くじらの日」に制定されて、早くも10年が経過しました。11年目を迎える今年は、さらにたくさんの人にクジラという生き物について知ってもらおうということで、『くじらタウン』では、クジラに対して特別な思い入れのあるおふたりに対談をお願いしました。まず白羽の矢を立てたのは、芸能界きっての海洋生物好きとして知られる、ココリコ 田中直樹さん。そして、東京海洋大学鯨類学研究室助教で、『クジラの骨と僕らの未来』(理論社)著者でもある中村玄さんです。対談場所は、同大学内の「マリンサイエンスミュージアム」「鯨ギャラリー」および「リファレンスルーム」。おふたりが大好きな鯨類の骨格標本をはじめとする展示物を眺めながら、大好きなクジラについて語り合っていただきます。

海に出てクジラの大きさを体感したことで、クジラが哺乳類だということを感覚的に理解できた

田中「今日は先生に聞きたいことがたくさんあるのですが、まずは、先生がクジラに興味を持ったきっかけを教えてください」
中村「初めてクジラという生き物を間近に感じたのは17歳のときでした。当時、アルゼンチンにホームステイしていて、現地でホエールウォッチングの機会に恵まれたのですが、実際に目の当たりにすると想像していたよりも遥かに大きくて、クジラが魚じゃなくて哺乳類なんだということを実感させられました」
田中「鯨種は何だったんですか?」
中村「ミナミセミクジラです。セミクジラ科に属するヒゲクジラなんですけど、目視調査に携わっている人でも見られたらラッキーだと後から聞いて、最初からずいぶんレアな体験ができたなと思いました」
田中「そこからクジラに惹かれていったんですか?」
中村「そのときは興奮して実家に連絡して、“クジラの研究ができる大学はあるかな?”と親に相談したのですが、いざ受験生になるとそこまで頭が回らず、単純に、“生き物について学べる”という理由で本校を選びました。その後、しばらくは魚や海藻、無脊椎動物などについて学んでいましたが、3年生の後期にクジラの研究室が発足することを知り、再びクジラとの接点を見出すことができました。そのとき改めてクジラについて考えたんですけど、僕たちと同じ哺乳類なのに見た目は魚みたいだし、きっとおもしろいことが学べるに違いない!と直感しました」

クジラを通して海や地球の大きさを体感したことで涙が出そうになった

中村「田中さんがクジラに興味を持ったきっかけは何だったのですか?」
田中「実は僕が最初にクジラに強い関心を持ったきっかけもミナミセミクジラなんです。僕ももともと生き物全般が好きなんですが、あるとき、ホホジロザメが見たくて南アフリカを訪れたことがあるんです。ケープタウン南東のフォールス湾に浮かぶシール・アイランドは、ホホジロザメを観察できるスポットとして知られているのですが、現地に到着してシール・アイランドに向かう途中、海面に浮上してきたミナミセミクジラを偶然見ることができました。現地の方が、“あそこに見えているのがミナミセミクジラだよ!”って教えてくれたんですけど、あまりの大きさに思わず泣きそうになりました。こんなサイズの生き物が地球上にいるんだ!っていう驚きに加えて、それだけ大きな生き物がどこにいるかわからなくなるくらい大きな海に畏怖の感情を覚えたんです。クジラを通して、海や地球のスケールを体感できました」

海のなかでジロリと睨んできたザトウクジラの迫力に圧倒された

中村「ホホジロザメ目当てでケープタウンを訪れるとは、本当に生き物がお好きなんですね」
田中「その後、ハワイでザトウクジラやコビレゴンドウに出逢えたときもまた違った感動がありました。ザトウクジラにはホエールスイミング中に出逢ったんですけど、そのとき、オスが僕のことをジロッと見てきたような気がしたんですよ。これ、いろんな人に話してるけどあんまり信じてもらえないんですけど、オスは、子どもと一緒に泳いでいるメスの少し後を泳ぎながら、次の交尾のタイミングを図っている“エスコート”の状態で、僕に向かって“オレが狙ってるメスに手を出すんじゃないぞ”と圧をかけているようでした。本当にあのときのオスの迫力というか目力がすごくて、未だに忘れられないんです」

中村「あり得る話だなと思いますよ。田中さんのことをライバルとして見ていたかはわからないですけど、“何者だ?”という意識は持って一瞥をくれていたかもしれませんね」
田中「やっぱりそうですよね!あと、コビレゴンドウと一緒に泳ぐヨゴレ(サメの仲間)を確認できたときも本当に感動しました。ヨゴレは、コビレゴンドウが深海まで潜るときについていくことで、イカなどのおこぼれをもらっているときいていたのですが、実際に一緒に泳いでいる姿を目の当たりにできたことで、“答え合わせ”させてもらえた気がしました。それがすごくうれしくて、以来、コビレゴンドウには感謝しているんです」
中村「ホエールウォッチングがお好きでしたら、八丈島もおすすめですよ。2015年頃から、冬に八丈島にザトウクジラが姿を見せるようになったんです。もともと日本近海では沖縄や小笠原諸島に来遊することが知られていましたが、なぜか突然八丈島にも出現するようになりました。2016年からは海洋大と八丈町とで調査研究を進めています」
田中「興味深いですね。生態についてもまだまだ知られていないこと、僕が知らないこともたくさんあるから、どんどん知識を吸収していきたいです」

クジラの指の関節数は個体によってまちまち

田中「先生はクジラの研究をしていて、初めて発見したことや驚いたことはありますか?」
中村「無数にありますよ。身体の作りひとつとっても、私たちと同じ哺乳類なのに不思議なことだらけです。たとえば、人間は指の関節の数が決まっているけど、クジラは個体によってまちまちなんですよ。人間は指を使って生活するから関節の数が変わると支障があるけど、クジラは指を使わないから、エラーが起きても問題がないためです。なので、指の本数は変わらないけど、同じ個体でも左右で指の関節数が違うこともあります」
田中「初耳です!おもしろいですね。ちなみに鯨類は基本5本指ですか?」


中村「4本の鯨種もいます。ナガスクジラ科、コククジラ科の仲間なんかがそうなんですが、進化の過程で指が一本欠損したといわれています。たとえば、このドワーフミンククジラの指は4本です。館内に展示してある骨格標本を見比べてもらえばわかりますが、シャチは5本、セミクジラは5本、コククジラは4本です」
田中「うわ、しかもこの指は8関節もある!指によってこんなに違うなんてびっくりです」 
中村「そしてこのドワーフミンククジラは、ドワーフ(小人)という名前の通り、日本の周辺に生息するミンククジラに比べ、体長が10%くらい小さいんです。この個体は1980年代の調査捕鯨で獲られたもので、ドワーフミンククジラの全身骨格標本が見られるのはおそらく北半球では海洋大だけです」

首が短くほとんど動かない鯨種もいれば、シロイルカのようにぴょこぴょこ首が動く鯨種もいる

田中「実は僕、クジラの首が短いのも気になっているんですけど、あれはなんでなんですか?」
中村「首の骨が7個なのは哺乳類の大原則なんですが、おっしゃる通り、クジラは哺乳類のなかでも特に首が短いですよね。あれはなぜかというと遊泳時に体を安定させるためで、鯨種によっては5つくらいの頸椎がくっついてひとかたまりになっているものもいます。頸椎が癒合している代表例としてはセミクジラが挙げられますけど、反対に、海底に首を突っ込んでバフバフとエサを食べるコククジラなどは、骨が癒合していないので首が比較的よく動きます。わかりやすいところでいうと、スナメリや、流氷のなかを泳ぐイッカク、シロイルカは首がぴょこぴょこ動きますよね」
田中「そうですよね!確かに柔軟なイメージがあります!」

骨格標本からわかることはたくさんある

中村「この骨格標本はアマゾンカワイルカのものですが、他の鯨類と比べて、アゴを動かす筋肉が付く骨が盛り上がっているのわかりますか?」
田中「はい、わかります」
中村「アマゾンイルカは嚙む力がものすごく強くて、カメですら噛み潰して食べることもあるんです。全ての歯が同じ形をしている多くのイルカとは異なり、唯一奥歯を持っています」
田中「おもしろい!骨格標本だけ見てもわかることってたくさんあるんですね」

標本になった後も、骨から油が沁みだし続けていることに驚かされた

田中「骨格標本を見ると、生き物っておもしろいな!って思いますけど、そのなかでもクジラの骨格をみると、なんておもしろい生き物なんだろうといつも思います。以前、田島先生(海獣学者・田島木綿子さん)に、マッコウクジラのストランディング個体から脳油が出ている映像を見せていただき、湧き水かの如くじゃばじゃば溢れてくる様子に驚かされたことがあるんですけど、和歌山の博物館では、打ち上がって時間が経ってからも脂が沁みだし続けている骨格標本を見せていただいたこともありました」
中村「脂抜きが結構大変なんですよね。不十分だと骨から脂が染み出てくるんです。といってももちろん、死後も脂を生産し続けているわけではないのでいつかは止まりますけどね」

クジラの食事量は体重の約4%だけど、1つめの胃袋の容量が200リットルあるクジラもいる

中村「あと、やっぱり一番おもしろいのはヒゲですよね。エサを濾しとるための器官なのですが、これを獲得したことで、自分よりはるかに小さいプランクトンや群れになっている小魚なども食べられるようになりました。このような生き物は環境のなかに存在している量がとても多いので、ここまで巨大化できたんだろうと思います。」
田中「シロナガスにしてもジンベエザメにしても、最大級の哺乳類や魚類が、こんなに小さいプランクトンを食べるのはおもしろいなと僕も思ってるんですよ。やっぱり、量的にめちゃくちゃ食べるんですか?」
中村「だいたい体重の4%くらいです。人間が1日に食べる量が体重の4~5%程度といわれているんで、そんなに変わらないですよね。じゃあ自分の体重と比較したときに一番たくさん食べる生物はというと、たとえばモグラは体重の50%の量を食べるといわれています。身体が小さいぶん、熱を維持するためにどんどん燃やさないといけないっていうことです」
田中「確かに!モグラってずーっと動いてずーっとエサを探しているイメージがありますね! 反対に、クジラは燃費がいいってことですか?」
中村「いいほうですね。とはいえ、体重の4%といっても体重自体がすごく重たいので、食べる量もかなりのものですよ」
田中「クジラの胃袋っていくつあるんですか?」
中村「種類によりけりです。ヒゲクジラは4個ですけど、ハクジラのなかには10数個のものもあります。だいたい一番大きい胃袋が最初に位置していて、そのあと小さくなっていきますが、たとえば7メートル程度のミンククジラでも、1個目だけで200リットルは入りますね」
田中「確かにものすごい量ですね!」

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田中さんのクジラ愛ゆえの矢継ぎ早に投げかけられる質問のおかげで、のっけからクジラに関するさまざまな豆知識が飛び出したインタビュー前編。後編では、クジラ料理3品を試食いただきながら、食としてのクジラについても語っていただきます。

※東京海洋大学マリンサイエンスミュージアムおよび図書館より特別な許可を得て撮影しております。

▶田中直樹さん
田中 直樹(たなか なおき)
1971年大阪府豊中市生まれ。1992年に遠藤章造とお笑いコンビ「ココリコ」を結成。
テレビやラジオなど多くの番組に出演。映画やドラマなど幅広く活動している。また芸能界随一の「海洋生物好き」として知られている。

▶中村玄さん
中村 玄(なかむら げん)
1983年大阪生まれ埼玉育ち。東京水産大学(現:東京海洋大学)資源育成学科卒業
2012年東京海洋大学大学院 博士後期課程応用環境システム学専攻修了 博士(海洋科学)
(一財)日本鯨類研究所研究員を経て、2014年より東京海洋大学海洋環境科学部門で、助教をつとめる。
国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会委員。
専門は、鯨類の形態学。とくにナガスクジラ科鯨類の骨格。
著書「クジラの骨と僕らの未来」(理論社)他

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