正倉院に「象牙」として伝わる宝物が大型クジラの肋骨であることが判明! 実施された調査の内容は? 正倉院の成り立ちも解説 | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2025.06.11

正倉院に「象牙」として伝わる宝物が大型クジラの肋骨であることが判明! 実施された調査の内容は? 正倉院の成り立ちも解説

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出典元:正倉院宝物 正倉院紀要第47号より

5月初頭、奈良市の「正倉院」に「象牙」として伝わる宝物が、実は象牙ではなく、大型クジラの肋骨(ろっこつ)だと判明したことが報道されました。判明したきっかけは、宮内庁正倉院事務所による調査だといいますが、一体どのような調査が実施されたのでしょうか? また、そもそも正倉院にはどんな宝物が納められているのでしょうか? 詳しく解説していきます。

正倉院とは? かつては東大寺以外にも存在したってほんと!?

(出典元:正倉院正倉)

はじめに、正倉院について簡単に説明しましょう。正倉院(しょうそういん)とは、奈良市に立地する『東大寺』敷地内に建つ、校倉造(あぜくらづくり:古代から近世にかけての日本で建てられた倉庫の建築様式)の巨大な倉庫で、古代の重要な物品を保管する役目を担っています。
実際、「正倉院」と聞くと、「日本史の授業で習ったから知ってる! 東大寺の敷地内にある、宝物が納められている蔵だよね!」と思う人もいるでしょう。しかし実は、正倉院の「正倉」とは、中央や地方の諸官司・寺院などに設置された、穀物や財物を保管する倉庫全般を指す言葉で、奈良・平安時代の中央・官庁の大寺には、重要物品を修める「正倉」がいくつも設けられていたのです。
さらに、正倉が幾棟も集まっている一廓(いっかく)は「正倉院」と呼ばれましたが、歳月の経過とともにほとんどの正倉は滅び、最終的には東大寺の正倉院内に立地していた正倉一棟のみが、往時の姿のまま残っていることが確認されました。これが、「正倉院宝庫」、略して「正倉院」と呼ばれる巨大な倉庫なのです。

参照:宮内庁「正倉院について 正倉院の由来」

宮内庁正倉院事務所では、毎年、宝物の調査を実施

続いて、今回、象牙だと伝わってきた宝物が大型クジラの肋骨だと判明したきっかけになった調査について、簡単に説明します。
宮内庁正倉院事務所では、毎年、宝庫・宝物の調査研究を実施しており、その結果については、宝庫・宝物の保存管理や整理、修理、再現模造などについての詳細とともに、例年、『正倉院紀要』で報告しています。正倉院保存課保存科学室の鶴真美さんによると、調査の対象となる宝物は年ごとに異なるといい、木工品類が対象の年もあれば、織物中心に調査する年もあるのだとか。

宝物の調査は目視と顕微鏡での観察が基本

出典元:正倉院宝物 正倉院紀要第47号

今回の結果が出ている調査は、令和3年から5年にかけて実施された「正倉院宝物特別調査」で、動物由来の素材(牙甲角)が用いられた宝物を分析の対象として、種の同定に関する検証や、三次元計測、放射性炭素年代測定などが実施されています。ただし、「令和3年から5年にかけて」といっても丸々3年かかったわけではなく、正倉院では宝庫を開ける期間が毎年10月頭頃から11月末頃までと決められていて、その期間中に調査の実施および正倉院展の開催ができるよう日程が組まれているのだといいます。
なお、鶴さんによると、正倉院宝物はDNA採取のために削るなどして傷つけることができないため、基本的には、肉眼による観察または顕微鏡を使った観察が調査のメインになることが多いのだとか。そのため、今回の調査でも、専門家たちが各種動物の標本を正倉院に持ち寄って、標本と宝物を比較することで動物種を同定していったといいます。「象牙」とされていたものに関しても同様で、国立科学博物館研究員の川田伸一郎さんが持参した鯨骨をもとに調査が進められました。

大型クジラの肋骨と判明した宝物「象牙」について

象牙(大型クジラ類の肋骨)
出典元: 正倉院紀要第47号
象牙
出典元:正倉院紀要第47号/所蔵:奈良文化財研究所

今回の調査では、観察所見として、宝物の表面の状態はざらついており象牙のような密な構造ではなかった点、象牙に特徴的なシュレーゲル線※なども観察されなかった点などから象牙ではないことが判明しました。また、表面の状態や断面の海綿状組織※で構成されている特徴から考えると、動物の骨であると考えられ、基部から先端の直線長約141㎝もの長さを持つ骨は大型クジラ類(マッコウクジラ、あるいは大型のヒゲクジラ類)の肋骨が有力ではないかとされました。
※シュレーゲル線・・・歯のエナメル質や象牙質の断面に見られる独特の縞模様のこと
※海綿状組織・・・スポンジのように空隙が多い、疎な構造を持つ組織のこと

参照:正倉院紀要第47号

象牙を加工してクジラの骨に見せかけていた可能性も考えられる

出典元: 正倉院紀要第47号

それにしても気になるのが、「なぜ鯨骨が象牙として納められていたのか」ということですが、この理由については不明とのこと。宝物に関して記している書類を確認しても、いつごろ、どういった経緯で正倉院に納められることになったのかについての記載はなく、12世紀に書かれた文書に初めて「象牙」として登場しているものの、それ以前から存在していた可能性もあるのだとか。
もちろん、「象牙」とされるクジラの肋骨が国内で採取されたものなのか、海外から入ってきたものなのかも不明です。しかも、クジラの肋骨には本来あるはずの突起が削られて、細長い一本の棒状に加工されていることから、「象牙に見せかけたのでは?」と推測されるといいますが、なぜそのようなことをする必要があったのかもわからないといいます。
わかっているのは、「大型クジラの肋骨であること」のみで、骨の大きさなどから、体長18メートル程度のヒゲクジラの肋骨の可能性が考えられるといいます。なお、今回の調査によってクジラの肋骨だと同定されたものの、宝物としての名称は「象牙」を引き継ぐのだとか。なぜかというと、宝物の名称はすべて明治時代に決められたもので、その名称に則ってすべての宝物を管理しているため。ただし、鶴さんによると、今後、展示会などで「象牙(調査によりクジラの骨と判明)」などと表記する可能性は無きにしも非ずだとのことです。

正倉院にはクジラの骨でつくられた「笏」も納められている

なお、正倉院には「象牙」以外にもクジラの骨やヒゲでつくられた宝物が納められています。

出典元:第六十八回「正倉院展」目録

まず、クジラの骨でつくられているのが、長さ35.8cmの「大魚骨笏(だいぎょこつのしゃく)」です。笏(しゃく)とは、神職が神事の際に右手に持つ細長い長方形の薄板を指しますが、当時は、正服とともに身に着けることで朝廷において威儀を正す(いぎをただす:服装や姿を整えて、作法にかなった立ち居振る舞いをすること)ことに役立てられていました。この宝物は、聖武天皇所縁の宝物の目録である「国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)」に所載されているもののひとつで、マッコウクジラの下あごの骨でつくられたとされていましたが、今回の調査において、「マッコウクジラ以外の大型クジラ類の可能性も排除できない」と結論付けられたのだとか。

出典元:第五十六回「正倉院展」目録

また、「大魚骨笏」とほとんど同じ大きさの「魚骨笏」は、もともとセミクジラの下あごの骨とされていたところ、同じく今回の調査によって、それ以外の大型クジラである可能性も否定できないことになったといいます。

セミクジラのヒゲ製の「如意」も貴重な宝物

出典元:正倉院宝物検索 鯨鬚金銀絵如意 第9号 南倉 51

一方、セミクジラのヒゲでつくられているのは、長さ58.5cmの「鯨鬚金銀絵如意(げいしゅきんぎんえのにょい)」と呼ばれる如意です。「如意」とは、僧侶が読経や説法などをおこなうときに手に持つ道具で、笏と同様に、威儀を正すために用いられるものです。金箔や銀箔を細かく砕いて膠(にかわ)の水溶液で練った「金銀泥(きんぎんでい)」を用いて、霊芝雲(れいしうん:さるのこしかけのような雲の文様)や花卉文(かきもん:草花や果実などをモチーフにした文様)が施してあるため、細部まで美しさが際立っています。

正倉院展は今年も10月下旬から11月上旬ごろに開催予定

「象牙」「笏」「如意」以外にも、正倉院には貴重な宝物が多彩に納められていますが、毎年開催されている「正倉院展」では、そのうちの一部を実際に鑑賞することができます。なお、会期は今年も10月下旬〜11月上旬ごろに開催される予定です。今回、「象牙」や「笏」「如意」が展示されるかどうかはまだ決定していないとのことですが、正倉院で適切に管理されたことにより、当時の姿そのままに残っている貴重な宝物が数多く存在するので、来場の予定がある方は、ぜひ材質にも注目して鑑賞を楽しんでくださいね。

参照:正倉院展

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