「この世界にあるものを知り、体験することは、それだけでとても大きな価値がある」『Whale Fall』開発者・山根風馬さんinterview | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2023.05.17

「この世界にあるものを知り、体験することは、それだけでとても大きな価値がある」『Whale Fall』開発者・山根風馬さんinterview

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先ごろ、海中の様々な生き物となって命の循環を体験できるゲーム、「Whale Fall」のトレーラー(予告動画)がインターネット上で話題となりました。雄大な海をザトウクジラがたゆたうシーンからスタートする映像は、観る人を瞬時にゲームの世界へと惹きこむ美しさ。SNSにも映像美を絶賛するコメントが散見されます。制作者は、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻ゲームコース 修士2年生の山根風馬さん。企画からモデリング、アニメーション、プログラミングなど、音楽以外のすべてをひとりでこなしたという彼に、制作にいたった過程やゲームに込めた想いを伺います。

鯨骨生物群集の存在を知り、ゲームのテーマにしたらおもしろいと閃いた

――まずは、「Whale Fall」制作のきっかけを教えてください。

「本作は修士1年の時の作品ですが、なぜ海洋を舞台にしたかというと、海や生物に興味があったからです。もともと釣りが好きだし、YouTubeで海の映像をひたすら眺めたりナショナルジオグラフィックを読んだりするのも好きで、いろんなものを見聞きしていくなか、“鯨骨生物群集”(英語で“Whale Fall”/深海に沈降したクジラの死骸を中心に形成される生物群集)というものを知り、これはおもしろい題材になるぞ!と直感的に感じました。クジラは死んだら海のなかで分解されるのかと思いきや、深海に届いてほかの海洋生物たちの栄養源となり、そこから新しい命が生まれて、海のなかで生命が循環していく。これをテーマにゲームを作れば、おもしろい体験ができるのではないかなと閃いたんです」

捕食者や伴走者の視点に切り替わることで新たな世界が見えてくる

―生物の命の循環を体験できるということは、エサとなる生物を捕食しながらゲームが進んでいくのでしょうか?

「捕食によって次の生物の視点に切り替わるシーンもありますが、たとえば、エイとして泳いでいたところ、自分にくっついて泳いできたコバンザメに切り替わるシーンなどもあります。ほかにも、特定の場所に到達したらイベントが用意されていて、そのタイミングで別の生き物に変わっていくこともあります。昔ながらのゲームのように、ボタンを押すと次の生き物に切り替わるというものではなく、シームレスに次の生き物に切り替わりながら進んでいく仕様です」

深海の美しさを能動的に味わってほしい

――ゲーム初心者でも楽しめそうです。

「先日、人生で一度もゲームしたことがなかった僕の祖母にプレイしてもらったところ、すごく楽しめていました。ゲーム性より映像を楽しんでもらうことを重視しているので、誰でも簡単に操作できることは大事な条件だったんです。そもそもなぜゲームにしたかというと、“映像を観る人に深海の美しさを存分に伝えるためにはどうしたらいいだろう?” と考えたところ、ただ眺めるだけじゃなく、能動的に体験できるインタラクティブな映像ならユーザー体験が豊かになることに気づいたから。映像を楽しんでもらうための手段として、ゲームという手法を用いることにしたんです」

ザトウクジラは毎年新曲を作ると知って驚いた

――映像美を追求するうえでは、海の生物たちの造形や動きも研究されたのでは?

「まずは造形のおもしろさに興味を引かれて図鑑を眺めるんですけど、解説を読んで、“この動きにはこういう意味があったのか”ということを知ると、生態についてももっと知りたくなります。たとえば、ザトウクジラはうたを歌うことで知られていますが、毎年新曲が作られていて、それが地球規模で流行することを知ったときは衝撃で、ゲーム内でも音が広がっていく様子を表現したいなとイメージしました」

視覚と聴覚を同時に刺激することで心の琴線に触れたかった

――音楽・サウンドは、音楽学部 音楽環境創造科の学部生3人(作曲:北井里樹さん、横澤暁生さん、サウンドデザイン・サウンドプログラム:松村道知さん)との共同制作ということでしたね。

「そうです。僕のイメージをうまく形にしてもらえるよう、オンラインで頻繁にやりとりしながら進めました。映画音楽の作曲に興味がある音楽家なので、音楽単体でもすばらしいものが仕上がると考えて、サウンドトラックを出すことも視野に入れながら共同制作しました。制作当初は音楽をドラマチックにするつもりはなかったのですが、完成した本編では藝大のオーケストラによる演奏も使わせてもらうことになりました。どうして方向性が変わったかというと、海洋生物の研究のために名古屋港水族館を訪れてイワシの群れを目の当たりにした際、館内に流れていた音楽との相乗効果で感動がひとしおだったからです。目の前の光景だけでも感動的なのに、そこに音楽が流れるとこんなにも鳥肌が立つのか! これこそゲームで表現するべきじゃないか!と思ったし、壮大な音楽によってゲームに付加価値が生まれることも確信できました」

海の美しさを決定づけるのはライティング

――図鑑や水族館で熱心に勉強されていますが、それぞれの生物が暮らしている海域などもゲームに反映されているのですか?

「鯨骨生物群集を成している生物の場合は、水深200メートル以下の深海に生息している生物を調べて、該当する生物を作っていますが、専門家から見たら完璧といえる再現度ではありません。再現性を重視するより、一度、僕のなかに海をおとしこんでから、僕のなかにある海を表現することを大切にしています。自分のなかにある海を表現するうえで大切にしたのはライティングです。僕が最初に“海っておもしろいな”と思ったのは、中学生のころパラオでダイビングに参加したときで、サンゴ礁に囲まれて泳いでいたはずが、そこからちょっと外れた途端、底の見えない真っ黒な海のなかで全身がゾワゾワッとしたことが今でも忘れられません。そのときにも、はっきりと先が見えないからこその魅力を肌で感じましたが、ゲームを作るにあたって改めてそのことを思いました。光の先に知らなかった世界が広がっていくのは感動的だし、そもそも海の美しさはライティングにあると思うんです。水面から差し込んでくる陽光が、深海に進むほど霧のようにおぼろげになっていくことで、海の広さ、深さを肌で感じられる。プレイヤーにもその感覚を味わってほしくて、ライティングにはとことんこだわって、エフェクトをかけたりしながら細かなニュアンスまで表現しました」

自分を知るためには、世界のことを知ることが必要

――最後に、「Whale Fall」を通してユーザーに伝えたいことを教えてください。

「僕は、この世界にあるものを知り、体験することはすごく大切なことだと思っています。宇宙のなかにあるものを知ると、それによって自分の役割が見えてくることもあるからです。たとえば、鯨骨生物群集のなかにはコロニーがあって、さらにそのなかには小さな宇宙があるけど、僕もまた広い宇宙のなかのひとりで、すべてがつながっている気がします。また、現在は、動物とのコミュニケーションを通して自然と深く関われる次回作を制作中ですが、制作していると、自分自身も自然の一部であるという感覚を覚えます。自分を知るためには、この世界のことを知る必要があるし、知ることそのものに大きな価値がある。ゲームを通して、そのことを少しでも感じてもらえたらうれしいなと思います」

■山根風馬さん
東京藝術大学 大学院 映像研究科
ゲーム『Whale Fall』制作者(予告動画はこちら
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