「捕鯨の背景にある、文化や信仰のことも知ってほしい」映画『くじらびと』9月3日(金)より公開!石川梵監督interview | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2021.08.25

「捕鯨の背景にある、文化や信仰のことも知ってほしい」映画『くじらびと』9月3日(金)より公開!石川梵監督interview

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戦後の食糧難の時代、日本人にとってクジラが重要なたんぱく源であったことをご存知の人は多いでしょう。それ以前も日本人とクジラとの関わりは深く、私たちは太古から、食料として肉をいただくだけでなく、油は燃料や田畑の肥料に、骨は工芸品に使うなどして、クジラの命を大切にいただいてきました。そして実は、広く世界を見渡すと、私たちと同じようにクジラとともに生きてきた地域が、地球上にいくつか点在しています。そのうちのひとつが、インドネシア東部のレンバタ島内にある、人口約1,500人のラマレラ村です。ラマレラの村民によるクジラ漁は、かつての日本同様、銛(もり)でクジラを突くスタイル。クジラ漁は複数人でおこないますが、銛を手に持って海に飛び込み、自分よりもはるかに大きなマッコウクジラに挑むのは、「ラマファ」と呼ばれる銛打ち漁師です。当然、クジラが反撃することもしばしばで、時には死者が出ることも。それでもなお、大きなクジラに挑み続けるラマレラの人々に魅了され、数年にわたって現地に通い続け、映画『くじらびと』を完成させた石川梵監督に、作品に込めた想いを伺いました。

インドネシアの秘境でおこなわれていたのは、江戸時代の日本とそっくりな鯨漁だった

▲ラマレラ村の人々の生活は、昔の日本に通じるものがある

――監督はこれまでずっと、写真家として、映像作家として、大自然とともに生きる人々の祈りの世界を撮り続けていらっしゃいますが、今回、ラマレラに暮らす方たちを撮ろうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか?

石川「私はもともとAFP通信社の報道カメラマンだったのですが、1990年に独立してからは、世界の秘境を訪ね歩いて作品を撮り続けてきました。ラマレラという村の噂を最初に耳にしたのは、フリーになってすぐの1991年頃。未だに銛一本でマッコウクジラを突いているだなんて嘘だろ?と思いながら行ってみたら、まさかの本当だったので驚きました。そのころはインターネットも発展していなかったし、世界中のほとんどの人が、そんな村が地球上にあるだなんて知らなかったんです。噂を耳にして以降、鯨漁について自分でも本を読むなどして調べていたんですけど、その過程で目にした江戸時代の絵巻物に描かれていた鯨漁とそっくり。当時、日本の鯨漁に使われていた手漕ぎのタイプと同じような舟に乗っているし、江戸時代の鯨組同様、チームで協力して捕鯨していることもわかりました。女たちは捕鯨する男たちを支えて、男たちは村を支えて、みんなで力を合わせてクジラを獲っているさまを見て、なんてすばらしいんだろうと思ったのがきっかけです」

銛でクジラを突く瞬間を撮るために、4年にわたって現地に通い続けた

▲4年間現地に通い続けているからこそ撮れる自然な表情が満載

――そこから現地に通い始めることになるわけですね。

石川「はい。僕は写真家ですから、なんとしても銛一本でクジラを突く瞬間を撮りたかった。それで、漁期である5月から8月にかけて通うようになったんですけど、4か月まるまるいても捕れない年が続き。1年通して10頭程度獲れているんですけど、漁期じゃない時期に沖からクジラが見つかってスクランブル発信で捕ることもあるそうで、僕がいる間にはなぜかクジラが姿を現さないということが続きました。通い始めて2年目にいたっては、僕が現地に入る3日前と、僕が帰路についた直後に捕れたそう。そうこうするうち、“梵の日ごろのおこないが悪いからあいつが来るとクジラが捕れない”という噂が立ち始めたんです。その時点で4年も通っていたから、普通なら仲良くなっているはずなのに肩身が狭くなる一方。これはまずいぞ……と思っていた矢先、ラッキーなことにクジラが姿を現したんです。そのときに撮れた写真は、『くじらびと』のパンフレットにも採用しています」

マッコウクジラは捕るけどナガスクジラは捕らない。その理由として紹介されるロマンチックな説とは……?

▲捕獲したクジラは岸まで運んでみんなで解体する

――通って初めてクジラを目の当たりにしたときは、地球生物の歴史を感じたいる間に知った、クジラにまつわるエピソードがあれば教えてください。

石川「いろいろあるんですけど、たとえば、ジャカルタから来た水族館のバイヤーに誰かがクジラの頭をこっそり売ったことがあって、そのときは、それが原因でクジラが捕れなくなったと大騒ぎになっていました。なぜだか理由はわからないんですけど、クジラの頭は海に返さないといけないという信仰があるんです。それから、ラマレラの海にはナガスクジラもくるんですけど、ナガスクジラは捕らないということも興味深いです。一説によると、彼らの祖先がレンバタ島に辿り着いたとき、ナガスクジラの背中に乗ってきたからとも言われているそうです。ただし実際は、ナガスクジラって捕獲されて命を落とすと海に沈むから、曳航できないという理由もあるようです。でも、“背中に乗ってきたから”のほうがロマンチックだから、その節のほうを紹介することもありますけどね(笑)」

初めてクジラを目の当たりにしたときは、地球生物の歴史を感じた

▲水中から撮ったクジラは迫力満点

――初めてクジラを目の当たりにしたときの感想を教えてください。

石川「最初に見たのはナガスクジラでした。カメラを持って海に飛び込んでみたところ、まずその大きさに感動しました。欧米なんかではクジラを神様のように崇めているけど、その気持ちがよくわかりました。地球生物の歴史を感じましたね。僕がクジラを撮りたいと思った理由のひとつは、何百万年と続く、生き物が生き物を捕る営みを象徴的に撮れると思ったからなのですが、水中からシルエットを撮ることで、単なる捕鯨の紹介ではなく、太古の時代から続く人間と動物の関係を切り取れたと思っています」

クジラは仲間が弱っているとみんなで助けにくる

▲捕る側、捕られる側双方が必死

――撮影を通して見えたクジラの魅力についても教えてください。

石川「これもいろいろありますね。たとえば、映画のシーンとしても切り取っていますが、クジラって仲間が弱っているとみんなで助けにくるんですよ。だから、特に子クジラは絶対に捕ったらダメ。必ずおかあさんクジラが怒って反撃してくるからです。映画を撮りたいからラマレラを訪れていたにも関わらず、あのシーンの撮影中だけは、“クジラ逃げろ!”と心の中で念じていました。でも、そういうふうに捕られる側の気持ちも伝えることによって、物語は多面的になるものです。そのために水中撮影も空からの撮影もおこないましたが、空から海の中を撮ったときには“海の中に入らなくても、海の中の物語って撮れるんだ!”という大きな発見がありました。そういう意味で、ドローンは大活躍でしたね」

クジラが現れるたび、ドローンを飛ばして空撮を実施

▲空撮映像の美しさも同作の魅力

――空から撮影した映像は本当に美しかったです。ドローンは常に飛ばしていたんですか?

石川「まさか!(笑)クジラが出始めてから飛ばすんですよ。“魚がいたよ!”みたいな、クジラが現れたことを表す隠語が聴こえてくるたび、慌てて用意していました。小型船を一艘チャーターしてそこから撮影していたんですけど、船が揺れるからドローンの撮影は本当に大変。しかも、撮影班の人数が多く、クルーを組んで撮影しているときに限ってクジラは現れなかったり。写真家時代、3年間クジラが獲れず、悔しい思いをしたのですが、映画監督としてこの作品を撮っている最中も何度も同じような感覚を味わいました。クラウドファンディングもして、応援してくれている人がたくさんいるのに、撮れないまま帰国することになるんじゃないかという不安もよぎりました。本当になかなか撮れなくて、最終的に帰国を一週間だけ延長したところ、最終日の前日に撮れたことは忘れられません。でもね、ストーリーとしては、最後の最後に撮れるとすごくいいものになるんですよ(笑)」

単なる捕鯨の様子じゃなく、太古から続く「人間と動物の関係」を撮りたかった

▲人々の祈りも、劇画を撮る距離感で撮影

――撮影中には、事故によって命を落とされた方もいましたね。

石川「息子さんを亡くされたイグナシウスは可哀想でならなかったです。一緒にいたクルーは遠慮して撮らなかったけど、僕は、それもきちんと伝えることが使命だと思ったんで、カメラを回し続けました。悲しんでいる姿も、お祈りしているときの表情も、劇画を撮るような距離感で撮影を続行できたのは、しっかりと人間関係を構築できていたからだと思います。撮影中にも手ごたえをつかめていたから、息遣いまで伝えたくて、当初はナレーションも音楽も挿入しないつもりでした。結果として音楽は挿入することになりましたが、もともとどちらも入れないつもりだったこともあって、音響にはすごくお金をかけているんで、ぜひそこに注目してほしいです。波の音、風の音、船がきしむ音まで、劇場で体感することでクジラ漁の迫力を肌で感じてほしいです」

鯨船には先祖代々の魂が宿っている

▲銛打ち漁師に憧れる子どもの無垢な瞳が印象的

――ラマレラの鯨漁は、日本における江戸時代の鯨漁を彷彿させるとのことでしたが、日本では現在、捕鯨法は進化しています。ラマレラの方たちは、今後時代が移り変わっても、同じように銛での捕鯨を続けると思いますか?

石川「こればっかりはわからないですね。ただ、僕が初めてラマレラを訪れた90年代には、“21世紀にはさすがにもうやっていないだろうな”と思っていたけど、21世紀どころか2020年になっても変わらなかった。それはなぜかというと、根底に信仰があるからだと思うんです。だから、生き方を曲げない。たとえばイグナシウスは、鯨船には先祖代々の魂が宿ると信じていて、“鯨船は生きている。だから釘は刺せないし、魂と会話しながら造るから設計図もスケールも必要ない”と話します。つまり、クジラを捕ることは、彼らにとって単なる食糧確保だけではなく文化になっているんです。捕ったクジラは分け合うし、貧しい人には無償であげている。世界には“捕鯨”というだけで批判する人もたくさんいるけど、その根底にある文化や信仰にもきちんと目を向けたうえで意見してほしいなと思います」

映画を通して、「理想の未来」を見つけてもらえたらうれしい

▲インタビューの様子 石川梵監督

――最後に、映画の公開を楽しみにしているみなさんにメッセージをお願いします。

石川「コロナ禍で閉塞感がある今こそ、大海原でクジラを捕るダイナミックさを体感してほしいです。劇場の大スクリーンで観ることで、たとえば江ノ島に遊びに行ったときも、目の前に広がる海のその先のどこかにクジラがいて、それを追いかけている人がいることを想像できるようになると思います。ラマレラは現代文明の恩恵を受けている村ではないけれど、生きていくうえで大切なものは全部ある。そういう生活がまだこの世界にあるということを知ることで、理想とする未来も見えてくると思います。“懐かしい未来”を垣間見ることができる映画なので、たくさんの人に観てもらえたらうれしいです」

■「くじらびと」 ©Bon Ishikawa
公開日:9 ⽉ 3 ⽇(⾦)新宿ピカデリー他全国公開
配給:アンプラグド
配給協⼒:アスミック・エース
監督:⽯川梵

■石川梵(いしかわぼん)監督
1960年生まれ。日本の写真家、ノンフィクション作家、映画監督。
ネパール地震を描いた「世界でいちばん美しい村」、インドネシア「くじらびと」を監督。クレイジージャーニー出演。写真集「海人」「伊勢神宮 遷宮とその秘儀」「The Days After 東日本大震災の記憶」著書「鯨人」「祈りの大地」「伊勢神宮と祈り」写真協会新人賞、作家賞他受賞 元奨励会。

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