「クジラ革製品を蘇らせて大村の特産品にしたい」革職人・中山智介さんinterview | 聞く | くじらタウン

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2025.05.14

「クジラ革製品を蘇らせて大村の特産品にしたい」革職人・中山智介さんinterview

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「クジラは捨てるところがない」と昔から言われていますが、最近では、可食部以外のヒゲや歯、皮は100%廃棄されないわけではありません。それどころか、加工品の原料として入手すること自体が困難になっています。しかし、そうした状況下でも独自のルートで原料を仕入れ、伝統文化の継承に貢献し続けている職人やアーティストは存在します。そのひとりが、クジラと縁の深い長崎県大村市に、革製品・貴金属製品の工房『銀職庵水主』を構えている中山智介さんです。中山さんはどんなルートで原料を仕入れ、どんな製品を作っているのか、詳しく伺っていきます。

歯科技工士として身に着けた技術を武器に革製品・貴金属製品の工房をオープン

クジラ革製品の復活に向けて挑戦中の中山智介さん

――まずは中山さんが工房を立ち上げられたきっかけを教えてください、
中山「私はもともと歯科技工士として働いていたのですが、専門学校在学中から、将来的には独立してものづくりで生計を立てていきたいという思いがあり、歯科技工士になるために身に着けた技術を応用する形で宝飾品の道に進むことになりました。工房も最初は貴金属メインで結婚指輪などを扱っていたのですが、私が趣味で革製品を作っていたことから、カスタムのオーダーが増えるようになり、徐々に革製品も本業へとシフトしていきました。当初、革製品に関しては、自分が使う分やプレゼントするものを作る程度でしたが、凝り性なので、やっていくうちにいろんな革を試したくなって、レザーショーに足を運んだり、Facebookを活用して海外の※タンナーさんから仕入れたりするようになりました」

※タンナー・・・動物の皮を鞣して鞣し革にする製革業者

――「いろんな革」とは、たとえばどんなものがあるのでしょうか?
中山「国内のものだと猪やヒグマ、魚、鮫、鯛、青魚だとかですね。東南アジアからはサカタザメというエイの一種の革を仕入れたこともありますし、アメリカでは蓮の葉をなめすこともあるのですが、これも実際に試してみました。蓮の葉は引っ張りに対する強度は強いのですが、薄いので擦れると弱いので、牛革で厚みを足すなどするとちょうどいい塩梅になります。どの素材も個性的で、それぞれ表情が全然違います」

地元・大村と縁の深いクジラ革製品をなんとしても復活させたかった

中山さん制作のクジラ革長財布

――世界の革を試していくなかでクジラにも出逢ったのですね。
中山「クジラの革(※生の状態は「皮」、なめすと「革」)に触れる機会はなかなか訪れませんでした。探してはいたのですがなかなか入手できず、“なんで流通していないのだろう?”と悔しい思いをしていました。なんとしても手に入れたいと思っていた大きな理由は、長崎とクジラの縁が深いことにあります。特に、私が生まれ育った大村の人間はみんなクジラが大好きで、生きていれば70歳になる私の父もしょっちゅう食べていました。町内には鯨肉専門店もあったし、祖父母宅を家族で訪れるときには、途中で買って行ってみんなで食べるのが楽しみでした。そうした背景があるがためにクジラへの思い入れが強く、“うちの工房らしい商品”として、クジラの革製品を復活させたかったんです」

なめす(鞣す)・・・動物の皮を薬品などで処理して、革にすること。

中山さん制作クジラ革のカバン

――初めてクジラの革に触れることができた経緯を教えてください。
中山「あるとき、お客さまからクジラの革製品の修理依頼が入ったんです。かなり年季の入った製品で、内側に使われている合皮のパーツが劣化によってべたついてきたから、その部分を張り替えてほしいという依頼だったのですが、そのとき初めて、クジラの革に触れることができました。今から8~9年くらい前のことです。初めて触ったクジラの革は、それまでに触ったどの革にも似ていないソフトな手触りでした」

ヨーロッパ産の毛付きのクジラ革はブーツに使われていた歴史がある

――加工されていない状態の革に初めて触れたのはそのあとですか?

クジラの「タケリ」。余分な油などを取り除いてなめしていきます

中山「そうですね。ただ、現在うちで使っている主なクジラの革は、共同船舶さんから仕入れている『猛り(たけり)』と呼ばれる部分、いわゆるクジラの男根の皮ですが、猛りを扱うに至る前に、ヨーロッパでなめされていたクジラの革を使って試作したことがあります。ヨーロッパでその昔なめされていたクジラ革は“毛付き”で、ブーツによく利用されていたようですが、捕鯨に対しての意見がわかれていた時代だったこともあって、使っている工房をなかなか見つけることができずに10年近くが経過していました。しかしあるとき、たまたま国内の問屋さんが閉業のために倉庫を片付けていたとき、正体不明の革を倉庫で見つけられて私に連絡をくださり、それこそが長年探していた毛付きの革でした」

試作品のクジラ革製品をSNSにアップしたら購入希望者からすぐに連絡が

――その革はクジラのどの部位のものだったのですか?

ヨーロッパ産毛付きクジラ革で制作

中山「不明です。大学でクジラの研究をしている方に見ていただいたこともあるのですが、やはりわからないとのことでした。そもそも仕入れの記録が残っていなかったですからね。しかし、少なくとも30年以上前のものだと思うのですが、問屋さんの倉庫だから空調もきちんとしていて保存状態がよかったので、実験も兼ねて財布や名刺入れなどを作ることができました。革のサイズは1m×40cm程度で再入荷の目途はなかったので、作ったものを販売するかどうかはだいぶ悩みましたが、SNSにアップしたらすぐに問い合わせがあり、お譲りすることになりました。最初に問い合わせをくれたのは平戸の行政の方でした。平戸もクジラ文化がありますし、珍しい素材だったのでなおさら、マニアの方はほしいと思ってくれたようです」

タケリ(男根)に続き、横隔膜、ヒレ、黒皮、百尋の革製品化にも挑戦中

――現在は「タケリ」をメインで使われているとのことですが、毛付きとはだいぶ違う手触りなのでしょうか? また、タケリ以外の部位も使われていますか?
中山「毛付きとも違いますし、タケリ一つとっても、先端と根元で表情が変わります。全体的にはソフトな手触りで、製品にして使っていくと、表面が引き締められて、奥の深い光沢が出てきます。タケリ以外の部位に関しては、タンナーさんに依頼して、横隔膜、ヒレ、黒皮、百尋(ひゃくひろ:小腸)を実験的になめしてみてもらっている段階です。ホルモンに関しては、一般的にはあまり知られていませんが、牛のハチノス(第二胃)もなめされて革として使用されているので、クジラの内臓でもまず間違いなくできるだろうという確信がありました。ただし、横隔膜は薬品との相性が悪くて溶けてしまうので、今のところうまくいっていません」

商業捕鯨再開のニュースを見たその日のうちに、廃棄される皮の買い取りを申し出た

――原料はすんなり手に入りましたか?
中山「最初に仕入れたのはタケリですが、共同船舶さんから仕入れさせていただくようになったきっかけは商業捕鯨でした。新聞で、再開されるという記事を見たその日のうちに電話して、廃棄されている皮を買い取りたい旨を伝えました。交渉には時間を要しましたが、熱意を汲んでいただき、今では良好な関係を築けています。これまでに買い取ったタケリは100本弱ですが、クジラ1頭1頭の栄養状態も違うから、なめす段階で思いもしなかったトラブルが出ることも多く、形になったのは100本中30本程度です。なめす段階で失敗に終わった場合も、経費はうちの工房が負担しています。クジラ文化を大事に思って、協力してくださっていることだけでもありがたいですしね」

――仕入れている皮の鯨種を教えてください。

ニタリクジラ革の最新作

中山「今使っているのはニタリですが、ナガス、イワシも入ってきます。鯨種による差も個体差もありますし、一枚として同じ柄がないので、扱っていて楽しいです。生きていたときに付いた傷もそのままなめしあがるので、その傷をどう活かそうかと考えるのも楽しみの一つです」

クジラの皮も骨も余すところなく活用していたのは日本人だけ

――クジラの皮製品を作るようになって、改めてクジラについて考えたことはありますか?
中山「自分にとってクジラは、子どものころから食卓に並んでいたという意味で身近な生き物でしたが、泳いでいる姿は見たことがなかったし、クジラと人間の関わりについても知らないことが多かったので、昔の文献などを探してきていろんなことを調べました。そのときに初めて、“クジラ一頭捕れば七浦潤う”の言葉を知って、父から昔教わった“クジラは捨てるところがない”の言葉を思い返しましたし、大村では英雄視されている義太夫さん(深澤儀太夫勝清:太地でクジラ捕りの技術を学んで帰郷し、九州のクジラ捕りの草分けとなった)のすごさもよくわかりました。同時に、世界的にみてもこれだけクジラを活用しきっているのは日本人だけだけど、現在はそれが難しくなっているということにも気づかされました」

革の削りカスで食器を作る技法を広めることで廃棄率を限りなくゼロに近づけたい

――そうした状況下において、中山さんはどんなことを発信していきたいと考えましたか?

中山さんが考案した、革の切削粉を用いる「盛革(もりかわ)」技法によって作られた食器の数々

中山「まず考えたのは、革業界にいる自分がどうやったら文化の継承に貢献できるかということです。クジラの工芸品を長崎に定着させるために、革職人仲間にはいつでもノウハウを提供できるようにしているし、子どもたちのものづくり体験などにも協力したいです。それともう一つ、クジラとの出逢いによって意識するようになったことは、“与えられた素材を余さず使い切る”ということです。昔の人がクジラを余すことなく使っていたことに倣って、手に入れた皮・革は端材まで使い切りたいと考え、革の削りカスのみで製品を作る技法を考案しました。今作っているのは牛革100%の食器ですが、もちろん、クジラ革の削りカスでも食器を作れます。“MOTTAINAI”精神で考案した技法なので、技法そのものを普及させることで、より多くのロスをなくすことに貢献できたらうれしいですね」

■銀職庵水主 中山智介さん
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