くじらの不思議
クジラの研究者 中村玄先生にクジラについて教わる連載企画【クジラを学ぼう!】
中村先生は小さいころから動物や骨が大好きで、東京海洋大学に入りクジラの研究をスタート。大学4年生以降、北は北極海、南は南極海まで、世界各地でクジラを調査研究してきました。
第1回目は「クジラってどんな生き物?」
地球最大の動物“クジラ”について教えてもらいましょう。
クジラってどんな字?
クジラを漢字で書くと《①鰹 ②鮫 ③鯨 ④鯉》どれだかわかりますか?
正解は・・・
① 鰹→カツオ ②鮫→サメ ③鯨→クジラ ④鯉→コイ
『鯨』が正解です!
昔の人はクジラのことを魚の仲間だと考えていたので、クジラは魚偏に「京」と書きます。京(けい)は漢数字の単位で〈一十百千万億兆京・・・〉です。兆(ちょう)の次にくる大きい単位で、とても大きいという意味を持ちます。つまり、“鯨”という漢字は大きな魚という意味があるのです。
クジラって魚?
クジラは魚じゃなくて「哺乳類(ほにゅうるい)」!
私たち人間と同じ哺乳類の仲間なのです。
クジラは哺乳類
クジラのお母さんはお腹の中で赤ちゃんを育て、母乳で育てます。赤ちゃんはお母さんのお尻の横にあるお乳に口をあてて母乳を飲みます。
魚はエラ呼吸、クジラは肺呼吸をします。クジラの潮吹きは肺から出た息で、海水を噴き出しているわけではありません。なぜ白く霧のように見えるのかというと、鼻の上の海水や鼻水などの粘膜などが一緒に吹き上げられたり、体内と空気の温度差や急激な気圧の変化により、息の中の水蒸気が水滴になるためです。
クジラの進化
クジラの祖先パキケタス科
今から約5300万年ほど前に生息していたパキケタス(パキセタス)がクジラの祖先だと言われています。パキケタスは大型犬くらいの大きさの四つ足の哺乳類で、浅瀬で魚を追いかけながら生活していたと考えられています。
水辺での生活に適応したアンブロケタス科
約5,000万年前のパキケタスの時代から約300万年後に出現したアンブロケタス(アンブロセタス)はパキケタスに比べ、手足が短くなり、より水辺での生活に適応しました。
尾びれが進化したバシロサウルス科
アンブロケタスが現れてから約1000万年後に出現したバシロサウルスには胸びれと尾びれがあったと考えられています。胸びれは手が鰭状に変化したもので、尾びれは尻尾の先の皮が変化したものです。泳ぐ際には主に尾びれを使うようになったため、後ろ足は退化していきました。
このように陸上の生活から海での生活に変わるにつれて環境に合わせてどんどん進化していき、今のクジラになっていったのです。
海で生活する哺乳類について
クジラをはじめ、海で生活する哺乳類は海産哺乳類(かいさんほにゅうるい)、または海生(海棲)哺乳類(かいせいほにゅうるい)と呼ばれます。クジラのほかにはアザラシの仲間やジュゴン・マナティのほか、ラッコやホッキョクグマなどを含むこともあり、130種ほどが知られています。
哺乳類は現在約4300種程度いるとされています。そのため海産哺乳類は哺乳類の中では約3%程度に過ぎず、とても珍しい仲間なのです。
クジラとアザラシやマナティの関係は?
《①アザラシ ②マナティ ③カバ ④マグロ》どれがクジラに近い種類だと思いますか?
正解は『カバ』
前項でも紹介しましたが、マグロは哺乳類ではなくて魚類ですのでこの中では最も遠い種類です。アザラシやマナティは見た目がクジラに似ていますが、それぞれ違う祖先を持ちます。
アザラシは食肉類(しょくにくるい)に属し、イヌやネコに近縁です。
ジュゴンやマナティーは海牛類(かいぎゅうるい)に属し、ゾウに近縁です。
クジラ(鯨類)は偶蹄類のウシやブタに近い仲間です。中でも、今地球上にいる哺乳類の中ではカバと近縁とされています。
それぞれの仲間が海での生活に合った形に進化した結果、クジラもアザラシやマナティと似たような体の形になったんですね。
クジラは地球史上最大の動物
みなさんはクジラと聞くと「大きい生き物!」という印象をもつのではないでしょうか。
最も大きなクジラである「シロナガスクジラ」の体長は最大33m、体重は180tもあり、恐竜を含めても史上最大の動物(※)とされています。
最近シロナガスクジラより大きなクジラの祖先の化石が発見されたと報告されています。推定結果が正しければ、大昔にシロナガスクジラをしのぐ大きさの生物が海にいたことになります。これからの研究に期待が膨らみますね!
※大きさを示す指標は長さではなく重さ
※t(トン)・・・1t=1000㎏
クジラはどうして大きくなったの?
ではなぜクジラはこんなに大きくなったのでしょうか。
色々な理由が考えられますが、主に次の2つがあげられます。
1つ目は完全に海の中で生活するようになったことです。水中は浮力があるため、陸上に比べ重量が1/10程度まで減ります。そのため陸上では支えきれないような体の重さでも、水の中では生活できるようになったのです。
2つ目は餌とその食べ方です。ヒゲクジラの仲間は“クジラヒゲ”という餌をこし取る器官を手に入れたため、海の中にたくさんいる動物プランクトンを効率的にたくさん食べられるようになりました。
これらがクジラが大型化した主な理由と考えられています。
次回は『クジラの種類について』のお話をします。
クジラは何種類、どんな違いがあるのか、ヒゲクジラとハクジラについてなどのクジラの種類について詳しく解説していきます。
今年の夏に開催されたパリオリンピック(パリ2024)でも話題だった水泳。泳ぐ速さに驚いた人も多かったのではないでしょうか?
そこで気になるのが、人とクジラが一緒に泳いだらどうなるのでしょうか?
① 息を止めていられる時間〈無呼吸時間〉
ヒト:1~2分(最長記録は11分)
クジラ:3時間40分 ※アカボウクジラ
② 潜る深さ〈潜水深度〉
ヒト:10m(最大102m ※フリーダイビング)
クジラ:3000m ※アカボウクジラ
③ 泳ぐ速さ〈遊泳速度〉
200M自由形 2024年パリオリンピック金メダリストと比較
ヒト:1分44秒
クジラ:15秒
ということで・・・
同じ哺乳類でもクジラの方が圧倒的に遊泳能力にたけていることがわかりますね!
ちなみにクジラには負けますが、人も哺乳類の中では泳げるほうなんですよ。
▶中村 玄先生
中村 玄(なかむら げん)
1983年大阪生まれ埼玉育ち。東京水産大学(現:東京海洋大学)資源育成学科卒業
2012年東京海洋大学大学院 博士後期課程応用環境システム学専攻修了 博士(海洋科学)
(一財)日本鯨類研究所研究員を経て、現在は国立大学法人 東京海洋大学 学術研究院 海洋環境科学部門 鯨類学研究室 准教授。
専門は、鯨類の形態学。とくにナガスクジラ科鯨類の骨格。
著書「クジラの骨と僕らの未来」(理論社)(2022年青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部 課題図書)「クジラ・イルカの疑問50」(成山堂)、「鳥羽山鯨類コレクション」(生物研究社)ほか